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憲法学者の木村草太さんが、何がなんでも憲法を変えたい人たちを、江戸時代の作家上田秋成の作品『白峰』で説明しています。
物語の最初に、西行法師とかつて仕えたことのある怨霊と化した崇徳上皇との対決が描かれています。1200年ごろ、崇徳上皇は後白河天皇を排し、自らの息子を帝位に就けようとしたが失敗に終わり、謀反人として讃岐に流刑されそこで亡くなります。(保元の乱)西行法師が墓を訪れ、うら寂しい様子に涙しながら歌を詠むと、崇徳上皇の霊から返歌がありました。崇徳上皇は自分の行いをいろいろと例を挙げてながながと正当化しますが、西行法師から私怨に基づく浅ましい復讐であったと論破され、論戦は西行法師の勝利に終わります。
崇徳上皇は長い溜息をついた後
今事を正して罪をとふ、ことわりなきにあらず。されどいかにせん。
(論理の観点から私の罪を問うことは理にかなったことで、間違ったものではない。しかし、私の気持ちは如何にすればよいのか)と言い、流刑後の散々な扱いを告白します。
木村さんは、押し付け憲法論は崇徳上皇側の論理に似ていると言います。
大日本帝国憲法に愛着を持つ者からすれば、どんなに「ことわり」があっても、口惜しい気持ちや怨念は収まらない。押し付け憲法論を根拠に改憲を訴える人に「先ほどから聞いていると、憲法の制定過程しか問題を指摘できないようですが、内容に問題はないということですね?」と聞くと黙る。黙るが納得しない。まさに「ことわりなきにあらず。されどいかにせん」という態度である。
そうです。
しょうもないやつらだなぁ、という態度を取られ続けてきたようですが、看過できない状況になってしまったようです。
「ことわりなきにあらず。されどいかにせん。」の気持ちならよくわかります。自分がいつもそうですから。家庭内に不和を起こしているのは私のこの態度ですから。うじうじとよくないことはわかりきっており、6歳の娘にまで諭されるくらいです。なのに改めることができないのです…
木村さんもこの「されどいかにせん」が難しい問いであると言っています。
崇徳上皇は「されどいかにせん」のセリフの後、大魔王となった本性を現し、凄まじい姿を見せます。西行法師はそれでも毅然として過ちを正し、「よしや君 昔の玉の床とても かからんのちは 何にかはせん」(立派な王座にいたあなただったのに、このような醜態をさらしてそれが何のためになると言うのでしょう。)と優しく諭します。
「されどいかにせん」の気持ちは、自分が乗り越えなくてはいけないものだということです。
西行法師は崇徳上皇を尊敬したうえで厳しい態度を取っています。
首相の地位にまである人を厳しくも温かく諭せる人はいないのか。
公明党は下駄の雪の汚名に甘んじるのではなく、仏法対話で法の道を説くことが必要なのではないか。下駄の雪を支持するほど人はいつまでもお人よしでもなければ愚かでもないですよ。
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