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知らなければ損をする。闘わなければバカをみる。
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私は「クーリング」と聞くと、訪問販売などでついつい高額な商品を購入したときなどに8日以内なら書面で取り消しができるとかいうクーリングオフ制度が頭に浮かびます。それと、介護施設に勤務していたことがあるので高熱が出たときに、わきの下やそけい部など大動脈のある部分を冷却して熱を下げることも思い浮かびます。
クーリングの意味は冷却なので、クーリングオフ制度は「頭を冷やして冷静に考え直す」時間を消費者に与えるというものです。なので、何を買ってもどのような状況で買っても消費者が保護されるというわけではありません。カン違いされていることが多いみたいですが。キャッチセールや訪問販売など不意打ちで来られてその場の雰囲気で買うって言っちゃった…というような場合のみ適用です。
労働契約法の無期転換や労働者派遣法の期間制限において、カウントされない期間を「クーリング期間」と言います。冷却期間から白紙撤回、転じて空白期間ということなのでしょうが、冷却という意味からするとなんかおかしいです。
有期雇用労働者を無期転換させないために、あえて契約をしない空白期間を作る。派遣労働者を期間制限に抵触させないように、抵触して直接雇用にならないようにあえて空白期間を作る。それが目的ならクーリング期間でいいと思います。
しかし、法律が求めるのはそういうことではないはず。なのに、この言葉が使われているのでおかしな展開になってしまうのではないかと思うのです。
クーリング期間を置けば通算されないから無期転換は適用にならない!とか、クーリング期間を置けば通算されないから同じ派遣労働者を同じ課同じ業務で使える!となってしまい、それに対して、いやそれは違いますよ。違法ですよ。と、こう言ったところで、いやこっちが強制的にやってることじゃなくて、労働者側(や派遣元)の都合で結果として空白期間があるんですよと弁解されます。相手の都合ならなんでそんなに目をキラキラさせてるの!!ってかんじですが。
クーリング期間という言い方が暗黙裡に脱法行為・違法行為を促しているのです。
クーリングクーリングって騒ぐのは派遣先や雇用する側で、本来騒がなければならない労働者側はちっとも騒いでいません。
ざる法と言われても仕方がない…
俺は線路で働いている、まる一日中だ
俺は線路で働いている、あっという間に時間が過ぎてゆく
警笛が鳴り響くのが聞こえるだろ
こんな朝っぱらから起きろって
親方の叫び声が聞こえるだろ
ダイナ、ホーンを吹き鳴らせってさ
ダイナ、吹き鳴らしてくれ
ダイナ、吹き鳴らしてくれ
ダイナ、吹き鳴らしてくれ、お前のホーンを
ダイナ、吹き鳴らしてくれ
ダイナ、吹き鳴らしてくれ
ダイナ、吹き鳴らしてくれ、お前のホーンを
誰かがキッチンにダイナと居る
誰かがキッチンに居る、俺は知ってるんだ
誰かがキッチンにダイナと居る
あの古いバンジョーをかき鳴らしてるんだ!
歌ってやがるぜ、フィ、フィー、フィドリーオって
フィ、フィー、フィドリーオーフィ、フィー、フィドリーオ
あの古いバンジョーをかき鳴らしながらな
誰かがダイナと愛し合ってる
誰かが愛し合ってる、俺は知ってるんだ
誰かがダイナと愛し合ってる
あの古いバンジョーが聞こえないからな
ダイナがなんなのか誰なのか知らないが、どうやら子どもが電車にのって遠くに楽しくお出かけする歌ではなさそうだ。びっくりした。
ウィキペディアで調べてみたら、1863年に始まった大陸横断鉄道建設に携わったアイルランド系の工夫たちによって歌われ始めたもので、線路工夫たちの過酷な労働を歌った民謡・労働歌のひとつで、日本では1955年に「線路の仕事」の題名で比較的忠実に紹介されたとある。
1960年のテレビドラマ「テキサス決死隊」の主題歌に替え歌で使われ、人気が出て日本で広まり、1962年NHKみんなのうたで「線路はつづくよどこまでも」として紹介されて以降、童謡として愛唱されるようになったということです。
アメリカ西部開拓時代を扱った作品は児童文学にも多く、子どもたちだけではなく、当時の大人たちの生活も描写がリアルでとても興味深いです。テレビドラマにもなった「大草原の小さな家」で、ある年の収穫がなく、ローラたちのお父さんが鉄道工夫になってしばらく家を離れるというシーンがありました。クリスマスに帰ってくるとき雪嵐に遭い、凍死しそうになるのだが、子どもたちのプレゼント用の棒キャンディーを食べてなんとかがんばり我が家にたどり着きます。ローラやメアリー、お母さんのキャロラインといっしょに私と2歳上の姉も雪まみれのお父さんがドアから入ってきたのを見て嬉しくてたまりませんでした。
日本でも鉄道建設や道路建設は過酷な労働であったと思います。史料や文学作品からその実情を知ることができます。
どのような分野であれ、歴史を紐解くことで視界がずいぶんと開けてくるものです。
国の発展のために労働力を提供し続けた100年以上前と今は何かが違うのかなぁ
100円ショップにディズニー映画のピーターパンがあったので、娘にねだられて購入しました。TSUTAYAで借りても100円だし、返さなくていい分ラクか…と思い、買ってあげたのです。娘は「お年玉持ってこなかった…ママ貸して…」としょんぼりしていましたが、きょうはお母さんのおごりだ!と太っ腹なところをみせました。
ピーターパンといえば、大人になりたくない人のことをピーターパンシンドロームと言ったりします。私はこの言葉は聞いたことがありましたが、作品の内容は全く知りませんでした。絵こそ古臭いですが、ストーリーはすごく面白くて、娘といっしょになって「危ないっ!」「ウソウソ!騙されちゃダメ!」とか大騒ぎしながら楽しみました。見どころ・ツッコミどころ・考えどころ満載のイギリスが舞台のファンタジーです。アナ雪よかおもしろいかもよ。
原作は19世紀の作家:ジェームス・マッシュ・バリーの『大人になりたくないピーターパン』です。ディズニー映画では削除されているけれども、残酷なシーン、子どもの身勝手さ大人の紳士的な振る舞いなどが描かれていて含みや皮肉といった隠し味がきいているそうです。
映画では、ピーターパンが海賊のフック船長に、勇敢で寛大なところをみせたり、フック船長がワニの口に落ちても自力で出てくる様子がおもしろおかしく描かれていますが、原作ではピーターパンは丸腰のフック船長を殺し、フック船長はワニに食べられてしまっています。
原作では残酷で卑怯でわがままなピーターが、映画では女の子にもてることを鼻にかけているのが欠点…という程度の勇気ある一本気な少年に変わり、紳士的なフック船長がアホで間抜けな男に貶められているというわけです。
面白いです。
イギリスなどヨーロッパの、子どもを扱った作品は非常に面白いものが多いです。現代の子ども観と近代以前の子ども観が大きく異なることは知られていますが、現代の子ども肯定の観点はディズニー映画の影響もあるのでしょうか。子どもが人間として扱われていない近代以前の子ども観をディズニーは変えたかったのでしょう。
昔むかしの作品なので、アナ雪のありのままで~とは違い、ディズニーを通してもやはり、女性差別や人種差別が見え隠れしています。
日本語以外に韓国語の吹き替えもありますので、韓国語の勉強をしたい人も使えるかも。