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女が働くってそんなにご大層なことなのか?
「輝く」だの「活躍」だの「やりがい」だの、うまいこと持ち上げて女をていよく働かせようとしているとしか思えない。そう言えば、介護の仕事も「やりがい」「感謝・感激」「社会貢献」などの美名で低賃金をごまかしてるな…
女性の仕事を「好きなこと」や「輝くこと」「活躍すること」という特別なものとする限り、日本で女性が働くことは当たり前にならない。まずは「大人なら自分で自分の分を稼ぐのが当たり前」という意識がベースにあってほしい。
こう主張するのは『専業主婦になりたい女たち』の著者:白河桃子(しらかわとうこ)さんです。
私はこれまで失業中の数か月を除いて専業主婦だったことはないし、自分の母もそうではなかったため、専業主婦なるものは自分には無縁と思っていました。ただ、なんとなく同類の意識もありました。
かつての、結婚後は全く仕事をしない本物の専業主婦と違い、今現在の専業主婦は夫の扶養の範囲でしか働いていない(介護や育児などの事情は関係なく)人も入っています。
白河さんの本を読んで、やっぱり私は専業主婦だな、と確信しました。子どもが小さいことを理由にフルタイムの仕事をせず、夫の扶養に入っており、社会保険料を支払っていないのですから、専業主婦に違いないのだけれど、なによりもマインドがそうなのです。
白河さんいわく、専業主婦には「働くことは必要だ」という腹落ちがない。だから元気がない、覇気がないのである。
専業主婦になりたい!20代女子が増えているそうですが、彼女たちはなにも雑誌やテレビのセレブや自分の母親のように贅沢で優雅な生活がしたいわけではないようです。「仕事をしたくない」「養ってもらいたい」さらに翻訳すると「ラクしたい」というのが本音のようです。
そこには「仕事がツライ」という現実があり、「働くことからの逃避」「社会で戦うことからの逃避」が専業主婦への憧れとなる、つまり消極的選択なのです。
結婚しても、生活の基盤が自分にかかってくることを恐れる。生活レベルが下がることよりも、働くことで生まれる拘束が嫌。そこが生活レベルが下がることを恐れて働きに出た昭和の主婦とは決定的に違うところ…の指摘には、思わず「ほんとにそうですね!私もまさにそうです!」と膝を打ちました!
私もなんだかんだ言って、家でのらりくらりしているのが心地よいのです。だから夫から稼ぎの悪さを指摘されると、「じゃあ、家のこともっとしてよ!子どもが熱だしたら仕事休んでよ!」とお門違いの攻撃に打って出ていました。夫が家事育児をしたからといって仕事がこんにちは~と言ってやってくるわけではないことぐらい、いくら私でもわかっているんですが…
本に出てくる主婦たちの多くは、夫の収入に関係なく夫に依存しています。
年収が少ないなら少ないなりに「物を買わない」「贅沢しない」「高望みしない」のないないづくしで現在の幸せをキープし、高収入なら高収入で「日々の生活費をボーナスで補てん」「貯金ゼロには目をつぶる」などで贅沢な生活を維持し、やはり現在の幸せをキープしています。しかし、将来のこととなると低収入・高収入を問わず、展望なしです。
彼女たちには、自分が働くという選択肢がないのです。
働くことはそもそも楽しくもワクワクもしませんし、退屈で苦痛なものです。
楽しく仕事をするとか、好きなことを仕事にするとか、やりがいのある仕事をするとかはとてもいいことです。大事なことです。でも、そんなものは誰かが与えてくれたり、用意してあったり、待っていたら落ちてくるものではなく、自分で作り出すものです。
やりがいがないから、輝けないから、活躍できないからと言っていたら、子どもを育てるだけの仕事を手に入れることができません。
不当に安い賃金にだと思うなら「資格がないから」「いずれ誰かに養ってもらうまで」「○○の仕事は安いのが常識」などと言っていないで、正当な賃金を勝ち取らないといけません。
ところで、女性活躍って誰の提案だろうか?
日本会議なる男尊女卑・女性蔑視の超保守派が主流の政界での女性活躍ってなんだろう…
公明党あたりが言いだしたのだろうか?支持母体である創価学会でもっとも元気があり活躍しているのが婦人部であることを思えば納得だが、だがだがしかし、思想の基盤が違い過ぎるじゃないか。安倍政権の女性活躍には無理がありすぎる…
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