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エリートには全く無縁の私ですが、新書の帯に写っている山口真由さんの美貌に惹かれて『いいエリート、悪いエリート』をパラパラと立ち読みしたら止まらなくなり、全部読み終わった末に購入しました。

東大を首席で卒業後財務省に入省、2年後には退職し弁護士に…(東大在学中に司法試験に一発合格)現在はハーバードロースクールに留学中だとか。タレント活動もしているそうです。豪華な経歴と美貌が並ぶとすごいことになるんですね!

教科書7回読みというのが山口さんの勉強法だそうです。それだけでもう無縁…
山口さんは努力努力努力の人で、自分でも「地頭がいいわけではない。持てる時間をすべて勉強や仕事に費やした結果」と言っています。努力も才能のうちとか言う人がいますが、だからってそれで努力がラクになるわけではありません。

タイトルになっている『よいエリート、悪いエリート』は本の最後の最後に書かれています。

エリートというのは本来、激しい競争を経ていることが前提。
明治時代のエリートはものすごく限られた存在だった。数え切れないほどの競争に勝利し、数え切れないほどのライバルたちを踏み台にしてきた誰もが認めるエリートだった。そして、自分のキャリアが多くの屍の上にあることをよく理解していた。だからこそ、エリートたちは命がけで学び、その成果を社会に還元させてきた。どれだけの人を踏みつけて自分の今があるのか。勝者は自分のためだけではなく、自分のために可能性の芽を摘まれた何万人のぶんまで頑張らなければならなかった。覚悟をもって学び、仕事の成果を上げてきた。

今の日本のエリートにはそれほどの覚悟がない。数多くの敗者の上に自分の勝利があるとは思っていないし、実際それほど人を踏み台にしていない。

人口減少にもかかわらず大学が増えていて、誰もが大学に入れるようになった。世の中が実際よりも平等に見えてしまい(モチベーション維持には有効であるが)さほど努力をしていないにもかかわらず、自分もがんばればもっと上へ行けると思えてしまう。どこかで一発逆転できると錯覚してしまう。選抜からもれているにもかかわらず「オレもやればできるはずだ。やらないから結果がでなかっただけだ」と現実から目を背け、次第に自分の意識と現実にかい離が生じ、社会を恨むようになる。

山口さんは、反論や誤解を恐れながらもやはり言わずにいられなかったのだと思います。エリートである山口さんがエリート論を語り、エリートに投資しろと言うのは品のないことなのは、山口さん自身がよくわかっていると思います。

平等に見える社会はモチベーション維持には確かに有効で、それが日本の発展の大きな力となったようです。やり方が時代に合致していたのですね。合致しなくなってもかつての成功が忘れられず、成功が大きかっただけにやり方を変えることができないのかもしれません。
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